"世紀末覇王"と呼ばれた一頭だ。2000年、テイエムオペラオーは年に八度走って八度勝ち、天皇賞・春秋、宝塚記念、ジャパンカップ、有馬記念という古馬中長距離のGIをひとつ残らず制した。年間無敗での完全制覇は、日本競馬史でこの馬だけがやってのけた記録だ。通算26戦14勝、GI7勝、獲得賞金は当時の世界最高。手綱はデビューから引退まで、若き和田竜二が握り続けた。だが——この一頭を「無敵の帝王」の一言で片づけるのは、あまりに惜しい。血統の目で見れば当時"流行らない血"だった顔が、データの目で見れば僅差を勝ち切り続けた顔が、穴党の目で見ればいつか飛ぶ顔が、姿を現す。七人の首脳が、それぞれの武器でこの伝説を解剖する。読み終えたとき、あなたはテイエムオペラオーという馬を、七通りに知ることになる。
解釈は、七人がそれぞれやる。まずは共通の土台——テイエムオペラオーのGIレベルの足跡を、事実として並べる。手綱はすべて和田竜二。核は、2000年の年間無敗と、古馬中長距離GIの完全制覇だ。
| 年 | レース | 格 | 着順 | 騎手 |
|---|---|---|---|---|
| 1999 | 皐月賞 | GI | 1着 | 和田竜二 |
| 2000 | 天皇賞(春) | GI | 1着 | 和田竜二 |
| 2000 | 宝塚記念 | GI | 1着 | 和田竜二 |
| 2000 | 天皇賞(秋) | GI | 1着 | 和田竜二 |
| 2000 | ジャパンカップ | GI | 1着 | 和田竜二 |
| 2000 | 有馬記念 | GI | 1着 ※年間8戦8勝・無敗 | 和田竜二 |
| 2001 | 天皇賞(春) | GI | 1着 ※連覇・GI7勝目 | 和田竜二 |
| 2001 | 有馬記念 | GI | 5着 ※引退 | 和田竜二 |
——では、開幕だ。七人が、それぞれの武器でこの伝説に斬り込む。

諸君は、オペラオーを覇王と呼ぶ。わしは、逆張りの血の器と呼ぶ。父はオペラハウス——欧州でキングジョージを勝った重厚なスタミナの血よ。母はワンスウエド、母の父はブラッシンググルーム。当時の日本はサンデーサイレンスの切れがもてはやされた時代でな、このオペラハウスの血は"流行らぬ血"として見向きもされなんだ。じゃが、流行りと強さは別ものよ。欧州の底力を宿したこの配合が、二千メートルから三千二百メートルまで、どんな距離でも保つ土台をあの馬に授けたのじゃ。
わしが血を見るときに問うのは、切れるか否かではない。保つか、崩れぬか、じゃ。オペラオーは一年に八度走って八度勝った。あの過酷な使い詰めに耐えて馬体が崩れなんだのは、欧州の重い血が骨と心肺に刻んだ丈夫さゆえよ。派手な瞬発力の血ではない。長く、重く、粘る血じゃ。だからこそ古馬中長距離という消耗戦の土俵で、あの馬は誰にも王座を譲らなんだ。血は、その馬が一番輝く土俵を、静かに指し示しておる。
わしが言いたいのはこうじゃ。血統表の"人気"に惑わされるな。流行りの血に群がるのは容易い。じゃが、時代に埋もれた地味な血脈の中にこそ、ひとつの土俵を根こそぎ支配する器が眠っておることがある。オペラオーは、それを教えてくれる一頭よ。血に貴賎はない。あるのは、相性と土俵だけじゃ。急くな、まあ聞け。あんたが次に馬柱を見るとき、流行らぬ血の一行を、笑わずに眺めてみることじゃ。

物語は他の六人に任せる。私は数字で語る。2000年、8戦8勝。うちGI5勝。連対率100%の一年。日本競馬で、古馬が年間無敗のまま中長距離GIを完全制覇した例は、この一頭だけ。通算では26戦14勝、GI7勝、獲得賞金は18億円超で当時の世界最高記録。神格化のためでなく、期待値の観点で言う。この一年の再現性は、日本競馬史上でも異常値だ。
では、この馬の本質を数字で分解する。三点ある。第一に、勝ち方が僅差だ。2000年の有馬記念、2着メイショウドトウとの差は鼻差。第二に、その僅差を八度連続で勝ち切った。第三に、相手も一流だった——メイショウドトウ、ナリタトップロード。楽な勝ちが一つもない中での連勝。ここから読める数字の意味は明確だ。この馬の価値は「圧勝の派手さ」ではなく「接戦を落とさない勝率」にある。ギャンブルの言葉で言えば、大穴を当てる馬ではなく、期待値を毎回きっちり回収する馬だ。
私が言いたいのは、強さの種類を数字で見分けろ、ということだ。「無敗」という言葉に酔えば、あんたは"接戦で勝ち切る馬"と"能力で千切る馬"を混同する。この二つは、次のレースの買い方がまったく違う。オペラオーは前者の極致——展開が向かなくても、僅差の泥仕合を最後にねじ切る類の馬だ。名馬から学ぶべきは伝説ではない。勝ちの構造だ。それだけの話だ。



俺は馬体しか信じねえ男だ。その俺が、この馬で唸ったのは切れ味じゃねえ。頑健さだ。2000年、オペラオーは京都記念から有馬まで、一年で八度も実戦を叩いた。普通ならな、使えば使うほどトモが緩む、毛づやが落ちる、気配が細る。だがこの馬は、叩くたびに逆に締まって見えた。使って良くなる、使っても崩れねえ。あの張りのある尻と、深く踏み込む後肢の造りは、消耗戦の年間王者になるべくして組まれた設計だった。
派手な柔らかさで浮くタイプじゃねえ。地面をしっかり掴んで、ぐいと押す。低く、重く、力強い踏み込みよ。だからこそ、直線でどれだけ揉まれても脚が止まらねえ。パドックでこの馬を見てたなら、俺は馬体重の増減なんざ気にしなかった。見るべきは、あの飼い葉食いの良さが映った腹回りと、叩いても落ちねえ毛づやだ。デキの上げ下げがねえ馬ってのは、それ自体が異能だ。いつ見ても八割以上で立ってやがる。買い時を外しようがねえ。
だから諸君に言っとく。馬体を見るってのは、きれいさや量を見ることじゃねえ。使い減りしねえ"丈夫さ"を見抜くことだ。年間8戦なんて過酷なローテを、崩れず勝ち続けた——これは能力の話であると同時に、造りの話だ。荒れは追い風にすぎん。だが、崩れねえ造りの馬は、荒れた年でも軸に据えられる。オペラオーは、それを教えてくれる究極の教材よ。この目で見抜くのが、俺の仕事だ。それだけだ。

かーっ、正直に言うぜ諸君!2000年のオペラオーは、俺の商売の"完全なる天敵"だった!出れば1番人気、単勝は毎回オケラ街道みてえな安さ。あんな鉄板に札束を積んで、何が面白いんだ!穴党の俺からすりゃ、オペラオーが出るレースは"夢を買う場所がねえ"レースよ。だがな、旦那。俺みてえな天邪鬼は、こういう馬をこそ、じっと睨んでるんだ。「絶対」の看板がいつ剥がれるか、その一日をな!
思い出してみろ!2000年、無敵で駆け抜けたオペラオーが、翌2001年にどうなったか!春の天皇賞こそ連覇して意地を見せた。だがそのあとだ。宝塚記念は2着に取りこぼし、秋になると勝ち星が止まり、引退レースの有馬記念じゃ、なんと5着——デビューからの最悪着順で、あの覇王が消えていったのよ!かーっ、これが競馬だ!どんな絶対王者にも、下り坂と"飛ぶ日"は必ず来る。あの日、オペラオーの単勝を握った連中の顔を、俺は今でも思い出せるぜ!
俺がオペラオーから学んだのはこれよ。「一年無敗の怪物」でも、次の一年まで同じとは限らねえ!ピークってのは、当たり前だが永遠じゃねえ。だから俺は、みんなが「まだ王者だ」と信じきってる馬ほど、その看板が剥がれる一枚を仕込んでおく。相手を負かす馬を、安いオッズのうちにな。絶対的な看板を疑える奴だけが、王者が飛ぶ日の万券を掴むのよ。人気なんざ関係ねぇ。ヒャッハー!

ボクは時計の申し子だヒヒーン。だからオペラオーの話をすると、ちょっと考え込んじゃうんだヒヒーン。この馬はね、一瞬でズバッと切る派手な上がりの馬じゃないヒヒーン。ラップを見ると、ゴール前で長くいい脚を持続する、いわゆる"渋とい"時計なんだヒヒーン。トップスピードの一瞬の速さじゃなくて、速い脚を長く使い続けられる持続力——それがこの馬の時計の正体だヒヒーン。だから接戦になっても、最後の最後で前に出られたんだヒヒーン。
特にボクが注目したのは、天皇賞・春の3200メートルだヒヒーン。長距離をこなして、しかも翌年もう一度勝って連覇したヒヒーン。この距離を勝ち切れる馬は、瞬発力より、心肺と脚の"持続する時計"が土台にないと無理なんだヒヒーン。しかもオペラオーは同じ2000年に、2000メートルの天皇賞・秋も勝ってるヒヒーン。短くも長くも対応できる時計の幅——これはボクみたいな時計屋から見ると、すごく珍しいバランスなんだヒヒーン。
だからボクは思うんだヒヒーン。オペラオーを見て「地味な勝ち方だった」って言う人がいるけど、それは時計の読み方が浅いヒヒーン。派手な上がりだけを追いかけると、こういう"持続で削り勝つ"タイプの本当の強さを見落とすヒヒーン。時計は正直だ——一瞬の速さの馬と、長く保つ馬は、着差が僅かでも中身がまるで違うヒヒーン。接戦を勝ち切る馬の時計には、必ず持続の裏づけがある。タイムは、裏切らないから。

オペラオーはね、僕ら展開屋にとって、ある意味で"論理が通じない"馬だったんだ。普通、差し・追い込みタイプは、前が壁になれば終わり。隊列が詰まった位置に入ってしまえば、どんな脚を持っていても物理的に前へ出られない。展開を読むというのは、その"詰み"を避ける位置取りを読むことなんだよ。ところがオペラオーは、その詰みを、脚と勝負根性でこじ開けてしまう馬だった。理論上は届かない位置から、力ずくで抜けてくる。
それが最も鮮烈に出たのが、2000年の有馬記念なんだ。あの日、直線でオペラオーは前後左右を他馬に完全に包まれた。展開図の上では、あそこはもう"詰み"の局面だよ。前が開かなければ脚を余して終わる、と僕なら読む。ところが和田騎手は、わずかに空いた隙間を強引に割って前へ持ち出した。そこから差し切って、2着メイショウドトウをきっちり抑えた。着差は鼻差。展開が完全に不利を作った局面を、能力と騎乗で捻じ伏せた一戦だった。
この一戦が、僕の教科書なんだよ。ディープのような馬は「展開に封じられた敗戦」を教えてくれる。だがオペラオーは逆だ——「展開で詰んでも、こじ開けられる馬がいる」ことを教えてくれる。だから僕は展開を読むとき、必ず自問する。この馬は、詰みを避けたい馬か、それとも詰みをぶち破れる馬か、とね。……まあ、そのこじ開けを僕が事前に読み切れたためしは、あんまりないんだけど。でも、展開を読まずに競馬は語れない。理論上は、ね。

ここだけの話な……オペラオーの物語は、和田竜二って若造抜きじゃ語れねえんだよ。デビューから引退まで、26戦全部あの男が乗った。乗り替わりゼロ。当時の和田はまだ駆け出しの若手騎手だ。普通なら、GIをいくつも勝つ看板馬になれば、有名ジョッキーへの乗り替わりの声がかかるもんさ。だが岩元厩舎と馬主の竹園さんは、和田を降ろさなかった。この若手を最後まで背に乗せ続けた——その信頼が、あの人馬一体を作ったのさ。
忘れちゃいけねえのが、2001年の終わりよ。2000年に無敵だったオペラオーも、翌年は歯車が狂った。宝塚は2着、秋は勝ち星が止まり、引退レースの有馬記念じゃ5着。デビュー以来、最悪の着順だ。あの時、世間には「なんで和田なんだ」って声もあった。だがな、陣営は最後まで手綱を替えなかった。勝てなくなった王者と、若い騎手を、そのまま一緒にターフから送り出したのさ。勝ち星だけ見りゃ寂しい幕引きだ。だが人の物語で見りゃ、これほど筋の通った引退もねえ。
あたしが言いたいのはな、馬柱の数字だけ見てちゃ、名馬の本当の物語は見えねえってことよ。誰が乗り続けたか、どの厩舎が我慢して育てたか、勝てなくなった時に誰を切らなかったか。オペラオーを愛おしく思えるのは、8戦8勝の数字だけじゃねえ。その裏で若手を信じ抜いた"人"を知ってるからだ。当たりゃ「言っただろ」、外しゃ「聞いてない」……だが、こういう裏話ができるのは、G7じゃあたしだけだぜ。
血の宗二郎は、当時流行らなかった欧州の重い血が支配した土俵を見る。数字の玲は、僅差を八連続で勝ち切った再現性を測る。馬体の剛は、一年八戦で崩れなかった頑健な造りに唸る。穴の万丈は、無敗の翌年に飛んだ覇王にピークの終わりを見る。時計の駿は、切れではなく持続で削り勝つ時計の正体を暴く。展開の陣内は、詰んだ隊列を力ずくでこじ開けた2000有馬を教科書に読む。厩舎の銀次は、若手・和田竜二を信じ抜いた"人"の物語を語る。
同じテイエムオペラオーを、これだけ違う角度で語れる。名馬とは、そういう存在だ。一つの見方で語り尽くせるほど、浅くない。あなたが一番"震えた"のは、誰の目で見たオペラオーだった? 血か、数字か、馬体か、穴か、時計か、展開か、人か。その一つが、あなた自身の競馬の見方になる。
そして——この七つの目は、過去の名馬だけでなく、今週の生きた出走馬にも向けられる。オペラオーのように、僅差を勝ち切るタフな一頭が、今週もどこかのゲートに立っている。その馬を七人がどう斬るか、いちばん早く受け取りたいなら——
出典・参考:JRA公式(テイエムオペラオー 競走成績、3分でわかった気になる名馬)、netkeiba、Wikipedia「テイエムオペラオー」、優駿WEBほか。戦績・騎手・血統・馬主・調教師は複数ソースで突合。2000年は年間8戦8勝・無敗で古馬中長距離GIを完全制覇、年度代表馬。獲得賞金18億3518万9000円は2017年まで世界最高記録。各首脳の見解は見立て・解釈であり、史実の評価は諸説あります。