ターフを疾走するサラブレッド
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キタサンブラックを、7つの目で丸裸にする

350万円の安馬が、芝GI7勝。先頭で風を切り、自分でレースを作り、最後は逃げ切って去った令和最初の帝王。地味な父系は、産駒イクイノックスとして世界の頂へ届いた。同じ一頭を、G7の七人はまったく違う急所で斬る。

誰も、この馬の未来を信じていなかった。セレクトセールで350万円。父はブラックタイド——大種牡馬ディープインパクトの全兄でありながら、現役では地味、種牡馬としても大物を出せずにいた血統だ。だが北島三郎は、その男前な顔立ちに惚れて手綱を握った。そこから先の物語を、競馬ファンは知っている。無傷の3連勝で重賞を勝ち、菊花賞でGIを奪い、5歳でさらに強くなって芝GIを7つ積み上げた。通算20戦12勝、獲得賞金18億7684万3000円。そして種牡馬となった初年度、キタサンブラックはイクイノックスという怪物を送り出す。地味な血が、令和の頂点を掴んだのだ。だが——この一頭を「叩き上げの努力馬」の一言で片づけるのは、あまりに惜しい。血統の目で見れば別の顔が、データの目で見ればまた別の顔が、穴党の目で見れば意外な顔が、姿を現す。七人の首脳が、それぞれの武器でこの伝説を解剖する。

まず、事実だけ置いておく

解釈は、七人がそれぞれやる。まずは共通の土台——キタサンブラックの芝GI7勝を、事実として並べる。デビューは3歳1月、新馬から重賞まで無傷の3連勝。菊花賞でGIを初制覇し、そこから武豊と組んで一気に頂点へ駆け上がった。手綱は、菊花賞までが北村宏司、天皇賞(春)からは武豊が取った。

レース着順騎手
2015菊花賞GI1着 ※GI初制覇北村宏司
2016天皇賞(春)GI1着武豊
2016ジャパンカップGI1着武豊
2017大阪杯GI1着 ※GI昇格初年度武豊
2017天皇賞(春)GI1着 ※連覇・コースレコード武豊
2017天皇賞(秋)GI1着 ※春秋制覇武豊
2017有馬記念GI1着 ※引退・逃げ切り武豊

——では、開幕だ。七人が、それぞれの武器でこの伝説に斬り込む。

宗二郎
血統・配合|血の預言者
宗二郎そうじろう
地味な枝が、令和の頂を分け合ったのじゃ
「急くな。血と相性は嘘をつかん」

諸君は、この馬を叩き上げと呼ぶ。わしは、隠れた本流と呼ぶ。父はブラックタイド——あのディープインパクトの、全兄よ。同じサンデーサイレンスとウインドインハーヘアから出た、二本の枝の片方じゃ。片やディープは無敗三冠の帝王となり、片やブラックタイドは重賞一つに終わった。世間は弟ばかりを見た。だがな、血の物語というのは、そう簡単に片方の枝で終わらぬものよ。地味なほうの枝から、キタサンブラックが出た。

面白いのは母系じゃ。母の父はサクラバクシンオー——1200メートルを極めた、短距離の申し子よ。短距離のスピードを持つ牝系と、ディープの兄が持つスタミナの父系。この一見ちぐはぐな配合が、3200メートルを先頭で押し切る心肺と、最後まで脚色の鈍らぬスピードを、同時にあの馬に授けた。短距離血が中長距離王を生む——逆説に見えるか。わしに言わせれば、これこそ配合の妙よ。速さと保ちは、相反するようで、噛み合えば一頭に同居するのじゃ。

そしてここからが本題じゃ。キタサンブラックは種牡馬となり、初年度産駒からイクイノックスを出した。ディープの兄の血が、孫の代で世界の頂に届いたのよ。かつてわしはディープを語るとき、こう言った——「全兄ブラックタイドの枝が、いずれ川筋となって流れる」とな。それが、現実になった。地味と侮った枝こそが、令和の血の源流じゃった。血を、目先の華やかさで測るな。何十年も先の一頭を、今のパドックで探すのが、血を読むということよ。急くな、まあ聞け。

#ディープの全兄という本流#短距離母系が長距離王を生む逆説#孫イクイノックスが世界の頂へ
玲
指数・回収率|数字の狙撃手
れい
20戦12勝、GI7勝。数字は右肩上がりに嘘をつかない
「感情は誤差だ。数字だけが残る」

物語は他の六人に任せる。私は数字で語る。通算20戦12勝、芝GI7勝、獲得賞金18億7684万3000円。この数字が示すのは絶対能力の高さではない。成長曲線の異常な右肩上がりだ。3歳の菊花賞でGIを1つ、4歳で2つ、そして5歳で4つ。年齢を重ねるごとに勝ち星の生産効率が上がった。多くの馬が4歳を境に下降線を描くなか、この馬は逆行した。ピークを最も遅く、最も高く更新した個体だ。

数字で見れば、この馬の勝ち方には再現性がある。先行して自らペースを握り、直線で崩れない。展開に依存する追い込みではなく、自分で条件を作りにいく脚質だ。だから配当妙味は薄いが、連対の期待値は高い。事実、GI戦線に定着してからの取りこぼしは少ない。負けた数戦も、能力の破綻ではなく、位置取りと相手関係という変数で説明がつく。ムラのある天才ではなく、下振れの浅い優等生。それが数字の結論だ。

私が言いたいのは、この馬を「根性の馬」と情緒で片づけるな、ということだ。感情で語れば、あんたは次の"第二のキタサン"を血統ロマンで探しにいく。数字で見れば話は逆だ。安く買われた馬でも、成長曲線が右肩上がりで、脚質が展開非依存なら、期待値は自然と積み上がる。名馬から学ぶべきは伝説ではなく、期待値が積み上がる馬の構造だ。それだけの話だ。

#5歳でGI4勝の異常な成長曲線#自分で作る脚質は展開非依存#下振れの浅い優等生型
剛
三人目|パドックの狼「胴が長え、完成が遅え。だから五歳でまだ伸びた」──剛
剛
パドック・馬体|パドックの狼
ごう
完成が遅い馬体こそ、長く強い
「馬体は口ほどにものを言う」

俺は馬体しか信じねえ男だ。その俺が言う。キタサンブラックは、胴の長え馬だった。フットワークが大きく、腰から後肢にかけての造りが、まだ伸びしろを残してる体つきよ。ああいう馬は、3歳や4歳の若い時分にはまだ体が出来上がらねえ。骨格に筋肉が追いつくのに時間がかかる。だから完成が遅え。普通なら「良血で早く動く馬」に人気が集まる中で、こういう晩成型は評価が後回しにされちまう。

だがな、完成が遅えってのは、裏を返せば長く強え、ってことよ。早熟な馬が3歳のうちに体を使い切って消えていく横で、この馬は年を追うごとにトモが張り、胸が深くなり、毛づやが冴えていった。5歳のキタサンは、3歳の頃とは別の生き物だ。馬体重を増やしながら、その重さをパワーに変えて先行で押し切った。俺がパドックであの5歳のキタサンを見たら、震えたはずだ。完成した晩成馬の凄みってのは、ああいう深い胴と分厚い後躯に出る。

だから諸君に言っとく。馬体を見るってのは、若いうちの見栄えを見ることじゃねえ。その馬が持って生まれた"完成の時期"を見ることだ。胴が長え、造りが大きい——そういう馬は、若い頃に負けても消すな。体が追いついた時に化ける。キタサンは、それを教えてくれる究極の教材よ。パドックで「まだ緩え、でも骨格はでかい」と映る馬に、次の帝王が隠れてる。荒れは追い風にすぎん。それだけだ。

#胴長で完成の遅い晩成の造り#遅い完成は長い強さの裏返し#若い頃の負けで消すな
万丈
穴・オッズ・資金配分|一発の勝負師
万丈ばんじょう
350万の馬が18億稼ぐ、これが競馬の夢よ!
「人気なんざ関係ねぇ!」

かーっ、たまらねえ話だぜ諸君!セレクトセールで350万円だ!良血の当歳が何千万、何億で飛び交う世界で、たったの350万よ。父は「あのディープの兄貴」ってだけで大物を出せてなかった血統、母父は短距離馬。血統表だけ眺めた連中は、誰も本命になんざしなかった。ところがどうだ!その安馬が、芝GIを7つ獲って、18億7684万を稼ぎやがった。かーっ、これが競馬の夢ってやつよ!旦那、血統表の値札に騙されちゃいけねえ。

俺が痺れるのはな、この馬が"妙味の塊"だった時期があるってことよ。デビュー当初、キタサンは万人が狙う一番人気の馬じゃなかった。新馬から無傷で勝ち上がっても、クラシックじゃドゥラメンテって二冠馬の陰。皐月賞は3着に泳がされた。世間が「あの二冠馬にゃ届かねえ」と決めつけてる、まさにその隙間に、菊花賞でのGI一発があったのよ。人気の主役の裏で、静かに力を溜めてた出世穴馬——こういう馬に張れる奴が、配当をかっさらうんだ。ヒャッハー!

俺がキタサンから学んだのはこれよ。「血統」や「値段」で見切った馬ほど、化けた時のリターンがデカい。みんなが良血の高額馬に群がってる時こそ、安く買われた地味な血の一頭に、俺は札束を一枚だけ乗せておく。350万の馬が帝王になり、その仔が世界を獲る——こんな夢を、誰が値札で読めたよ。人気なんざ関係ねぇ。血統の看板を疑える奴だけが、キタサンみてえな一発を掴むのよ。かーっ、たまらねえ!

#350万の安馬が18億を稼いだ#二冠馬の陰から菊花賞一発#値札で見切る奴が損をする
駿
追い切り・調教時計|時計の申し子
駿しゅん
この馬の時計は、逃げて刻んだレコードだヒヒーン
「タイムは裏切らないヒヒーン」

ボクは時計の申し子だヒヒーン。キタサンブラックの話をすると、ちょっと胸が熱くなるんだヒヒーン。この馬の時計のすごさは、末脚じゃないヒヒーン。先行して、自分で速い流れを作って、その速いラップを最後まで落とさない"持続力"なんだヒヒーン。後ろでタメて一瞬だけ切れるんじゃなくて、前で踏み続けて、後続に脚を使わせないヒヒーン。逃げ・先行の馬の時計は、展開に恵まれただけって疑われがちだけど、この馬は違ったヒヒーン。

ボクが忘れられないのは、2017年の天皇賞・春だヒヒーン。3200メートルを、キタサンはコースレコードで勝ったんだヒヒーン。長距離の逃げ・先行は、途中で緩めて脚を残すのが定石だヒヒーン。なのにこの馬は、前々で運びながら時計を詰めて、レコードで押し切ったヒヒーン。しかも連覇だヒヒーン。スタミナのある馬が"時計を作りにいって"レコードを出す——これは追い込み馬のレコードとは、意味がまるで違うんだヒヒーン。自分で刻んだ数字は、本物だヒヒーン。

だからボクは思うんだヒヒーン。逃げ・先行馬の時計を、「展開のおかげ」って一括りにするのは、ちょっと危ないヒヒーン。キタサンの時計は、恵まれた楽な逃げじゃなくて、自分で厳しい流れを作った上での数字だヒヒーン。前で速いラップを踏み続けられる心肺があるかどうか——そこを時計で見抜けると、"止まらない先行馬"を見つけられるヒヒーン。速い上がりだけを追うと、この手の馬を取りこぼすヒヒーン。本物の強さは、自分で作った持続の時計に出る。タイムは、裏切らないから。

#末脚でなく持続する先行ラップ#天皇賞春3200mをレコードで連覇#自分で作った時計は本物ヒヒーン
陣内
ペース・隊列・展開|展開の軍師
陣内じんない
展開を待つ馬じゃない。展開を作る馬だ
「隊列がこうなれば、こうだ。理論上は」

キタサンブラックはね、僕ら展開屋にとって、一番"読みにくくて、読みやすい"馬だったんだ。矛盾して聞こえる話だけど、こういうことなんだよ。普通の馬は、他馬が作った展開の中で、自分がどこに置かれるかで結果が決まる。だから隊列を読む意味がある。でもキタサンは違った。この馬は展開に置かれる側じゃなくて、展開を"敷く"側だったんだ。ハナか、その直後。自分にとって一番具合のいいペースを、自分で刻んでレースを支配する。読む対象じゃなく、読ませる主役だったんだよ。

象徴が、2017年の有馬記念だ。引退レース、中山2500メートル。あの日キタサンは、道中の主導権を渡さず、後続に「差すなら自分から動くしかない」という重い選択を突きつけた。誰かが早めに動けば、そいつは末脚を削られる。動かなければ、前のキタサンに楽をさせる。どちらを選んでも不利になる隊列を、先頭から作ってしまう。そして直線、後続がもがくなか、逃げ切って有終の美を飾った。能力で差し切られたんじゃない。展開で差せなくさせられたんだ。作る側の強さだよ。

この馬が、僕の教科書なんだ。展開は"読むもの"だと思われがちだけど、本当に強い先行馬は展開を"作るもの"に変えてしまう。逆に言えば、こういう自分でペースを敷ける馬を見つけたら、後方の切れ者たちを"届かない隊列"に閉じ込める絵が描ける。追い込み馬の一瞬の脚より、前でレースを支配する構造のほうが、じつは崩れにくい。……まあ、僕がその支配される側を読み切って穴を仕留めたためしは、あんまりないんだけどね。でも、展開を読まずに競馬は語れない。理論上は、ね。

#展開に置かれず展開を敷く馬#2017有馬は動けない隊列を作った#支配する構造は崩れにくい
銀次
乗り替わり・厩舎事情|厩舎の内通者
銀次ぎんじ
名馬の裏には、必ず"人"の物語がある
「ここだけの話な…」

ここだけの話な……この馬ほど"人"の物語が詰まった名馬も、そうはいねえんだよ。まず馬主が、あの北島三郎だ。350万で買った男前の馬に、自分のヒット曲「まつり」を勝利のファンファーレ代わりに背負わせた。ターフに歌が流れ、スタンドが揺れる——あんな景色を作れたのは、この馬とこのオーナーだからよ。厩舎は栗東の清水久詞。当時まだGIを獲ってなかった若い厩舎が、この一頭で一気に名門の仲間入りをした。人と馬が、一緒に上り詰めたのさ。

それと、乗り替わりの物語も忘れちゃいけねえ。デビュー戦は後藤浩輝、そこから北村宏司に乗り替わって、菊花賞でGIを掴んだ。そして4歳の天皇賞・春から、あの武豊が背に跨がる。ここからが黄金期よ。武豊は、この馬の"自分で作る"競馬を知り尽くして、絶妙のペースで先頭を歩かせた。人馬の呼吸が、あの逃げ・先行を芸術に変えたのさ。名手が乗り替わりで手綱を託され、一頭を頂点まで導く——キタサンと武豊は、その最良の見本だ。

あたしが言いたいのはな、馬柱の数字だけ見てちゃ、名馬の本当の物語は見えねえってことよ。誰が買って、誰が育てて、誰が乗り替わって背中を託されたか。演歌歌手のオーナー、名を上げた厩舎、名手の手綱——その全部が噛み合って、350万の馬は帝王になった。しかもその血は、産駒イクイノックスへと続いていく。当たりゃ「言っただろ」、外しゃ「聞いてない」……だが、こういう裏話ができるのは、G7じゃあたしだけだぜ。

#北島三郎と「まつり」の伝説#清水厩舎が一頭で名門へ#武豊への乗り替わりが黄金期

七つの目が交わる場所に、"作る帝王"がいる

血の宗二郎は、ディープの全兄から令和の頂へ流れた血脈を見る。数字の玲は、5歳でGI4勝の右肩上がりの成長曲線を測る。馬体の剛は、胴長で完成の遅い晩成の造りに震える。穴の万丈は、350万の安馬が18億を稼いだ妙味に穴党の真理を見る。時計の駿は、自分で作ったレコードの持続力を暴く。展開の陣内は、展開を敷いて支配する構造を教科書として読む。厩舎の銀次は、北島三郎と武豊と若き厩舎の"人"の物語を語る。

同じキタサンブラックを、これだけ違う角度で語れる。名馬とは、そういう存在だ。一つの見方で語り尽くせるほど、浅くない。あなたが一番"震えた"のは、誰の目で見たキタサンだった? 血か、数字か、馬体か、穴か、時計か、展開か、人か。その一つが、あなた自身の競馬の見方になる。

そして——この七つの目は、過去の名馬だけでなく、今週の生きた出走馬にも向けられる。キタサンやイクイノックスの血を引く一頭が、今週もどこかのパドックに立っている。その馬を七人がどう斬るか、いちばん早く受け取りたいなら——

名馬の血は、今週のレースに立っている。キタサンの視点で、次の一頭を見つけよう。七人の予想を、いちばん早く。LINEで受け取る →

出典・参考:JRA公式(キタサンブラック 競走成績・名馬メモリアル)、netkeiba、競馬ラボ、Wikipedia「キタサンブラック」ほか。戦績・騎手・血統・産駒は複数ソースで突合。通算20戦12勝・芝GI7勝・獲得賞金18億7684万3000円。父ブラックタイド(ディープインパクトの全兄)、母父サクラバクシンオー、調教師清水久詞、馬主大野商事(北島三郎)、産駒イクイノックス。各首脳の見解は見立て・解釈であり、史実の評価は諸説あります。